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伝説のドン・キング 生誕100周年

サドルメーカーとレザーカーバーにとって、ドン・キングの名はボクシングのプロモーターでなく、歴史上最も偉大なサドルメーカー、レザーカーバーとしてのヒーローを意味します。
彼は世界で最も人気のあるフラワーカービングの作風、「シェリダンスタイル」の生みの親です。彼はちょうど100年前の1923年8月23日、ワイオミング州のダグラスで生まれました。流れ者のカウボーイであった父と一緒に、幼少の頃からアメリカ西部の様々な種類の牧場を働きながら渡り歩き、10代前半にはほぼ一人前のカウボーイになっていました。
15歳の頃にアリゾナ州フェニックスのポーターサドルカンパニーを訪れた事をきっかけに、レザーカービングに興味を持ちます。その当時、工具を入手する事とカービングのやり方を学ぶ事がどれほど困難なものであったか、私たちの想像は到底及びません。昔の職人は決して他人を指導する事はなく、工具はとてつもなく高価で、素人を指導してくれる教室など当然ありませんでした。その15歳の少年はカービングを始めるために、まず釘とヤスリで自分で刻印を作るところから始めなければなりませんでした。

20代前半には彼のレザーカーバーとしての名声は全米にとどろき、実に多くのサドルカンパニーのカービングの下請け仕事をこなし、それぞれのサドルカンパニーの作風に合わせるべく、様々なスタイルのカービングをこなしました。結果として、この経験によって膨大なカービングの技術と知識を身に着ける事となりました。

レザーカーバーとしての経験と共に、カウボーイとして、レザーワーカーとして、当然のようにサドルの修理の経験も積みました。

その後、当時シェリダンで最も成功していた個人サドルメーカー、ルディ・マドラ氏に弟子入りしてサドル作りを一年間学んだ後、1947年に自身の最初のサドル工房を開業しました。そして1950年代に彼独自の革新的なカービングスタイルを提唱し、これが今日私たちが「シェリダンスタイル」と呼んでいるカービングスタイルの原型でした。以降、1980年代まで、このカービングスタイルは彼自身だけでなく彼の一番弟子のビル・ガードナー、その他のシェリダン地域のサドルメーカー、カーバーによって育まれ、進化してきました。

1990年代前半には、美しくモダンでありながらも伝統的な雰囲気を留めるこのカービングスタイルは、情報網の発達と共にプロアマ問わず世界中の実に多くのレザーカーバーの注目を集めました。このスタイルの急速な普及は世界中のカービング界に旋風を巻き起こしました。
今もなお、伝統的でありながらも時代に合わせて洗練された作風のカービングのほとんどが、この約70年前に誕生したシェリダンスタイルをベースとしており、影響を色濃く受けています。
この事を考えると、ドン・キングとその他のシェリダン地域の職人たちの功績は計り知れないと言えます。彼の存在がなかったら、私たちはこの非常に魅力的なカービングスタイルに取り組む楽しみを決して享受できていません。彼の存在を知っていた、知らないに関わらず、私たち世界中のレザーカーバーは彼に恩があると言えると思います。
もう一人の伝説的カーバーであり、ドン・キング、ビル・ガードナーに直接指導を受けた最後のレザーカーバー、ジム・ジャクソンは「彼がいなかったら、シェリダンスタイルは存在していない。彼の影響力は圧倒的だった。本当に多くの人の人生に影響した。彼の気質、レザーカービングへの熱い情熱が本当に恋しい。彼は僕の人生に甚大な影響をもたらした親愛なる友だった」と言います。

2023年8月26日は、ドン・キング生誕100周年です。
天国で今なお現役を続行しているであろうドン・キング氏に、改めて彼への心からの感謝、尊敬、称賛を捧げてはいかがでしょうか?
彼の名と功績を決して忘れてはいけないし、彼の伝説を次世代へと語り継いでいかなければいけないと思います。
彼の伝説が永遠に遺り続けるを心から願います。

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